いつになったらiphoneはマルチウィンドウを実装してくれるのか
iphoneはいつになったら、マルチウィンドウを実装してくれるのか。
私が実装してほしいのはマルチウィンドウでなくても、マルチタスクでも構わない。しかし、マルチタスクという名のマルチタクスのようなものは要らない。
今、iphoneで他のアプリを開いているとき、すぐに他のアプリに切り替えれるようになってて、画面に開いているもの以外はバックグラウンドとなる仕様をマルチタスクというなら、iphoneはすでに十分にマルチタスクであると言ってもいいだろう。
しかし、私がiphoneの使用時間の大半を占めるゲーム(ドラクエウォークにしろ、ポケモンGoにしろ、他のソシャゲアプリにしろ)は、バックグラウンドに回ってしまうと、メインで開いているときと全く異なる挙動をしてしまうのである。
操作せず、オート戦闘にしておけば、数分~数十分も操作しなくてもゲームできるのだから、メイン画面に映像が映っている必要はなく、画面の裏で動いてくれれさえすればいいのだが、そういったアプリは、バックグラウンドであるという認識になるとアプリを停止(ポーズ)させてしまうため、結局メインで開く必要がある。
バックグラウンドで動いてくれるのは、ポケモンGoプラスをつないでいるとき限定でのポケモンGoだけである。
iphoneよ。マルチウィンドウにして2個以上のアプリを同時に開いて同時に操作させてくれ。もし、それが不可能なら、せめてメインに映していないアプリに関して、操作はうけつけないもののバックグラウンドとしてしまわず、メインとして開いている状態でゲームが進行してくれるようになる真のマルチタスクを導入してくれ。
あ、ちなみに、このマルチウィンドウ、マルチタスクに関しては、1つのアプリを複数立ち上げることは禁止で構わない。(複垢推奨になってしまうので)
今の時代、CPUの性能的に可能であろう。
ユーザーに各アプリを、バックグラウンドにするか、バックグラウンドにせずマルチタスクにするかを設定で弄らせてくれ。
これをしてくれたら、私はドラクエウォークをしながらポケモンGoをすることができるようになる。
単純に2倍の仕事ができるようになるのである。
こんなすばらしいことを提供できるのだから、Appleさんには一考してみてほしい。
黙ってたらバレないって発想で運営するのやめようよ
ドラクエウォークもたまにサイレント修正(告知も何もなしに、しれっとゲーム内の設定を変更すること)するので、イラっとはするので、ポケモンGoだけじゃないんだけど、結局「レシラム」出さなかったよね?
どっちにも言えるけど、堂々と宣言して変更したらいいやん。バランス変える必要もでてくるだろうし、予定していたことと違うようになることもあるだろう。
そういう場合はちゃんとわかった時点で、できるだけ早い時点で、変更のお知らせしようよ。
黙っていたらバレないだろうって発送やめようよ。
今の時代これだけSNSも発展してるんだから、黙ってても広がるよ?
素直にお知らせしたほうが両社とももやもやしないやん。
ユーザーは詫びを要求するかもしれないが、詫び要求なんか答えなければいいし、要求にこたえたければ、詫びでいろんなもの配ればいいやん。もともと配る予定だったものを詫びとして配るだけでええんやし。そんなのこっちにはわからないんやから。
こないだのクリスマスプレゼントを詫びとして配ればいいやん。
お知らせもせずなかったことにする姿勢はよくないよ。
日本の運営と海外の営業とのコミュニケーションの行き違いにより、将来復刻の予定があるとお知らせすべきことを、誤って今年中とお知らせしてしまいました。ってお知らせすることに何の問題があるねん。
コンビニの弁当の底上げ問題は、国家論に通じるものがある
最近(といっても結構前からではあるが)、コンビニの弁当の底上げ、サンドイッチの張りぼて、ドリンクの内容量誤認問題がツイッター等でアップされ、小さな話題になっている。
これについて、私は同感であり、これをやっているコンビニ側のやり口は悪質であると考えている。
しかし、日本の、いや世界の首脳陣との強いパイプを持つと噂のある友人に話をしたところ、それはユーザーの自業自得だという。
正直言ってがっかりだ。
弁当の底上げは、「弁当を温めた際に均等に温まるように」、それ以外のサンドイッチとドリンクに関しては「見栄えをよくするため」というコンビニなりの言い訳があってのものであろう。しかし、こんなのは明らかに優良誤認表示である。
コンビニの上げ底やサンドイッチの断面偽装は、あくまでもユーザーを騙すためではなく、すこしでも見栄えを良くしてお客様に気持ちよく買い物をしてもらおうと考えた企業努力と主張する人もいるかもしれない。
コンビニに限らず料理というのは、目でも味わうものであり、美しく盛り付けたりするのも企業努力の一部であることを否定するものではない。
しかし、その企業努力は、あくまでも商品を美しく盛ること(良品にあった容器を用いること等を含む)で、商品価値を上げ、ユーザーの満足度を上げるための努力である。
その本来の企業努力によって商品価値の上がったものをユーザーが受け取った(購入した)ときの感想は、ユーザーが満足するものであるべきである。そして、そういう目的で行われたものに関しては、一般的にユーザーの満足度は当然上がる。
ローストビーフを普通に並べているのではなく、花びらのように並べてあったら、ユーザーは綺麗と喜ぶであろう(ごく一部特殊に花にトラウマがある人以外は)。そして普通に並べているだけのものより数は売れるであろうし、その工数分値段が少し上がっていてもユーザーは納得するであろう。だから、このケースでいえば、売る側、買う側がwin-winの関係になる。
しかし、弁当の底上げはそれと同じであろうか。確かに最初の一見はおいしそうに見えるかもしれない。その部分だけを見れば、先ほどの例と同じように見えなくもない。
しかし、このケースはあくまでも開封までの見た目を偽装しているだけであって、一部の人以外は、そのカラクリに気づいてしまいガッカリするのである。
そう、この企業努力という偽装は、ユーザーを満足させずユーザーをがっかりさせるのである。
もちろん、その弁当が美味しければ偽装があったとしても、がっかりはしないっていともいるであろう。しかし、その人は、その偽装がなかっても味で判断して満足しているはずで、偽装のおかげで満足度が上がるひとよりも、偽装のせいで満足度が下がる人のほうが圧倒的に多いのである。win-winになってないのである。
そして、このwin-winになってない原因が、コンビニ側の予測ミスでもマーケット不足でもなんでもなく、故意に行われている偽装のせいであることが問題なのである。
おそらく、その世界を裏で動かているであろう友人が言いたいことは、
オレオレ詐欺で騙されたって今でも話題になってるけど、もうこれだけやり口公開されてるんだから、ユーザー側で対策をしろよ(できるだろ?)。本人ができなければ家族が防いでやれよ。という発想であり、
駅やエスカレーターで盗撮されたって話を未だに聞くが、本気で盗撮されたくなければ、短いスカート履かなければいいし、その下に見せパンでも履いてれば、ユーザー側で防げるだろうよ
という発想であり、要は、すべての文句を政府や地方自治団体に求めるのではなく、自分で防ぐ術があるものについては、まずは防ぐ努力をせよということであろう。
自民党の言う「自助・共助・公助(公助の前にまずは自助せよ)」と同じ考え方であろう(友人本人にも、自民党にも解釈が合ってるか確認はしていないが)
いわんとしていることを全面的に反論するつもりはないが、前提条件が異なっていることをまず主張したい。
オレオレ詐欺でいまだに被害者がでている現状で、なぜひっかかる。気を付けろよとは私でも思う。引っかかる方の対策が不十分だとも思う。しかし、オレオレ詐欺での大前提は詐欺師が一番悪いという前提があり、そのオレオレ詐欺は警察に特定されれば刑罰を受けるというのが前提であって、ただ、全部の詐欺師を特定するのは現在の警察では不可能だから、それぞれが気を付けないといけないという話である。
盗撮も同じ。そりゃ、そんな恰好してたら、盗撮したい人が盗撮しにくるでしょ。とも思うが、あくまでも盗撮は犯罪であり、盗撮する人が一番悪いという前提がある。そしてその人が現行犯で捕まれば刑罰を受けるというのが前提であって、ただ、全部の盗撮犯を現行犯で捕まえるのは現在の警察では不可能だから、どうしても盗撮されたくなければ、ユーザー側が服装なりを気を付けなければいけないという話である。
しかし、昨今のコンビニの問題はこの前提がまだ成り立っていないのである。
錯視、錯覚をつかって、分量を多く見せたり、具が詰まってるように見せたりして商品を買わせる手法において、ユーザーはコンビニに騙されず見極めて買わないといけない時代になってきてしまっているというのは否定できないが、このコンビニの卑劣な行為が、不当な行為とまだ世間から認定されておらず、グレーなまま拡大していっている過渡期なのである。
この過渡期の状態で、すべてユーザーの責任(確認不足)としてしまうと、このコンビニのやっている不当な行為はコンビニ界に収まらず日本全国に広まってしまう可能性さえあるのである。一日も早く、この行為を悪質な行為と認定し、我々日本人全員がちゃんと監視できるようにしていかなければならないということを警鐘を鳴らしているのである。
もちろん、このような弁当底上げのようなものは現在の法律では(内容量の文字に虚偽の記載がない限りは)犯罪には当たらないレベルのものになっているだろうし、こんなことが問題になるのは日本だけで、世界ではもっとひどいレベルの問題が多発しているであろう。世界にまでいかなくても、日本の世の中の裏の社会にはもっとダークでグレーなものがあふれているのかもしれない。
だからこそ、グローバルスタンダードな感性を持ち、そのダークな世界にも普段触れている友人には、これはささいな問題であり、コンビニの企業努力と言ってしまってもいい問題であり、全てはユーザーが気を付けないといけないとあくまでも主張するかもしれない。
しかし、日本において、どれだけ信じやすい人がいてもオレオレ詐欺にひっかかってしまう世の中じゃない(オレオレ詐欺の電話がない)時代のほうがいいやん?
日本において、どれだけスカートが短くても、盗撮なんかされない世の中のほうがいいやん?
それと同じように、コンビニ弁当を見て、家帰って開けてみて「騙されたやんけ」って思わない世の中のほうがいいやん?
グローバルスンダードを考えをお持ちの方は、ファストフードの席をカバンで見張りなしでキープする、スーツケースで場所取りをしてコーヒーショップの列に並ぶ等の行為は愚の骨頂なのかもしれない。まあ、私でも海外でそんなことはしないであろう。
しかし、ここは日本である。ファストフード店でカバンで席をキープしても、カバンも席もキープできるし、スーツケースを置いてコーヒーのレジに並んでも戻ってきたらスーツケースはそこにある。財布を落としても、半分ぐらいの確率で中身が入ったまま警察経由で戻ってくる。日本はそのようなすばらしい国家なのである。
そう、日本の素晴らしいところは、治安、教育、道徳心なのである。
そんな日本をグローバルスタンダードレベルまで下げる必要はない。
ただでさえ日本の道徳教育レベルは下がってきているのだから、悪いものは悪いと早急に認定し、正す方向に動かなければ、日本の治安、道徳常識はますますグローバルスタンダードまでさがっていってしまう。
そうなれば、いつまでたっても私の理想とする国家にはならないどころか離れていってしまうではないではないか
国家の中枢とのパイプがあり、いつ裏で実権を握るのかもわからないお方には、そういう理想国家を目指すという気持ちを忘れずにいて欲しいものである。
そうでなければ、ただの自民党と同じであり、がっかりとしか言いようがない。
クレームをつけるなら手当たり次第ではなく納得してもらえるように主張すべき
ファミマに「お母さん食堂」というブランドが存在する。香取がCMをしているやつである。
そこに兵庫、京都、岡山の女子高校生がこの名前を変えて欲しいと署名を集めているというネットニュースがあった。
このネーミングが「料理をするのはお母さん」という印象を与え、女性=家事・育児という固定概念を払拭する妨げになっている。今は男性も家事育児をする人が増えているのに、これでは男女双方にとって生きやすい社会にならないというのが活動の理由だそうだ。
頭おかしいのか?
まず、「お母さん食堂」というブランドを出しているのは日本の大手コンビニだという前提があるよね?じゃあ、コンビニが日本のお母さん(女性)をかりだして「お母さん食堂」の総菜を作らせてるのではないというのは誰でもわかるよね?実際はほぼほぼ機械が作ってるし、その操作は男性も女性もやっている。もちろん機械じゃなく実際に手作業をされている部分もあるかもしれないが、それは男性も女性も関わってるであろうし、女性だけがさせられているというイメージもないし、仕事でやっているのである。
このネーミングを見て「料理をするのはお母さん」という印象を持つのは被害妄想でしかない。
そもそも、お母さん=料理というイメージが100%なのであれば「お母さん食堂」なんてネーミングは当たり前すぎて成立しないのである。
現代では、一人暮らしの人が多かったり、すでに成人していて自分に手料理を作ってくれてる人がおらず、お母さんの手料理なんて何年も食べてないという認識が一定以上あって、その人たちに向けたネーミングであるはずである。
じゃあ、その人たちは何を食べているか、自炊かコンビニ(機械製)か、外食である。
自炊は自分の性別次第、コンビニ(機械)は従業員の性別次第、外食はコック(調理者)の性別次第であって、どれも料理=女性と結びつけられたイメージはない。
この主張をしている女子高生の母親がすでになくなっていて、家では女性というだけで父親や兄から毎日料理を強要されているというなら、このネーミングに噛みつきたくなる理由も一定理解する。
しかし、そうではないのだとしたら、やはりただの被害妄想としか言いようがなく、(ジェンダーについて主張するのは構わないが、もう少しまともなところで主張をした方が)ただの頭のおかしいクレーマーとしか認識されないと思う。
先ほどの記事でもいえることだが、ちゃんとした主張をしたければ、へんなところには噛みつかず、ちゃんとしたところで主張をした方がいい。そうでなければその主張自体はまともでもただ頭のおかしい人と扱われて、世の中から主張自体がまともな主張ではないと扱われてしまう。
主張するのは自由だが、なんのために主張をしているの?説得する気はないの?
PCR検査センターの前に反対論者のグループがいて、住民が怖がっているというネットニュースがあった。
もちろん、コロナがただの風邪と主張するのは自由であるとは思う。
しかし、日本では新型コロナは指定感染症に指定されているのが現状である。
現在、指定感染症とすでに認定されているものに対して抗議する際、指定感染症ではないという認識でいるかというのは関係がない。
医療大麻が合法な国もある。そして、日本で医療大麻を認めろという主張をするのは自由である。しかし、医療大麻を認めろと主張する人が、快楽を得るために大麻を使用しているようなものである。日本では違法とされているものを認めさせるためのデモ等を行う際、日本の国の法律を守りながら主張をするのが正しいデモの仕方である。
大麻を使いながら医療大麻を認めろと主張しているひとを私は頭がおかしい人としか思わない。ちゃんとした人がちゃんとした科学的根拠をもって医療大麻を認めろというと、そこではじめて話を聞いてみようではないかと思う。
マスクをせず、密になって「コロナはただの風邪」と主張しているひと達はそういう行為をしているのと同じである。
私からすれば、ただ頭のおかしい人たちにうつる。
ちゃんとマスクをし、感染対策をしたうえで、感染症の知識のある医師が「コロナは風邪」と主張するのであれば、私は「その根拠は?」と話を聞いてみようという気になる。
「コロナは風邪」と言いながらマスクをせず主張している人たちはただの自己満足である。与党を批判だけしている野党と同じである。本当に自分の考えが正しいので、その理解を周りの人に広めたい、理解してほしい、理解させたいという気持ちが全くない。説得する気がない。
そういう気のないやつらの主張は誰にも響かず頭がおかしい人等と見られても仕方がないと思う。
「コロナは風邪」という主張に関して私は全く同意するつもりはないが、本当にそう思ってこの寒い中一日プラカードのようなものをもって主張をする気力があるのであれば、そんなエネルギーがあるのであれば、ちゃんと国民を説得しようとすればいいのではないだろうか。
ソシャゲの運営からのプレゼントには相場観が必要である
ポケモンGoのゲーム内でクリスマスプレゼントとしてリモートパスが1枚配られた。
これを受け取った私の感想としては「けち臭い」という印象だった。
リモートプレゼントは1か月ぐらい前まで毎週無料で配られてたアイテムであり、それがコロナが収まってないにもかかわらずなぜか配られなくなったものである。
それを、たった1枚クリスマスプレゼントとして配布してきたのだ。
ゲーム内ショップでの価値は150ポケコインである。
ここで、他のソシャゲについてみてみよう
ドラクエウォーク:サンタ衣装1式(非売品)+27日より毎日ジェム150?配布
パズドラ:ダンジョンクリアで「10連ガチャ」(レイドチケット10枚分?)
モンスト:やってないのに内容多すぎて内容理解できず
プロスピ:おそらくなし
ひなこい:日向石3000個(ガチャ10連分)(レイドチケット10枚分)
ユーザーに媚びないゲーム、クリスマスというのがそぐわないゲームはプレゼントしないというのがいい。
そして、配布をするのであればガチャ10連分ぐらい(ユーザーが普通にうれしい量を配布するのが通常である。
その10連分でさえ配布するのが嫌なのであれば、ゲームの有利不利に関係のない非売品アイテムを配布しておく(着せ替えなど)のが無難である。
しょうもないプレゼントをするのが一番の悪手である。
クリスマスプレゼントというのはニューイヤー、ゲームの周年と並ぶ3大プレゼントである。そこでしょうもないプレゼントをするということは、ゲーム内でのプレゼント(配布)は最大でもこの程度ですと宣言するようなものである。
そこでユーザーの大半が満足できるものが提供できないのは、かなりの問題である。
下手にしょうもないものを配布するのであれば、何も配らず「クリスマスプレゼントとかはしない方針なのね」と思わせる方が得策なのである。
ポケモンGoをしているユーザーのうち他のソシャゲをしている割合はくわしくしらないが、他のソシャゲをしている人からすれば、ポケモンGoってめちゃくちゃけち臭い運営って印象を与えたのが今回のクリスマスプレゼントであったと思う。
相場を知らない人には、もらえるだけありがたいじゃんと言われるかもしれないが、ソシャゲユーザーの意見としては、あまりにも相場を知らなさすぎる。
そして、ポケモンGoは現在リモートパスがメイン収入源のはずである。もし、先月までの毎週配布がなければ、一旦リモートパスを使ってもらってその便利さをわかってもらったら課金につながるという発想で配布してみるという考え方はありである。
しかし、毎週配布していての現在である。今1枚配布しても今後のリモートの売り上げには影響しないであろう。
そんなのを配布するなら、使用期間限定の「おこう」を配布して、家でおこう狩りが楽だなーと思わせて、課金者におこうをもっと買ってもらうようにするとか、戦略を持った配布をするとか、年末年始は忙しくてアイテム集め出来ないだろうから、ボールや傷薬100個あげるから遠出せずに近所でプレイしてねとか、何かのコンセプトを持って配布すべきだと思う。
普通にユーザーを喜ばせたいのであれば、リモートレイドチケットは持てる上限の3枚と普通のプレミアムチケット7枚の計10枚配布ぐらいすべきであった。
プレミアムチケットが配りすぎなのであれば、おこう7個でもいい。
先日まではゴミだと思っていたしあわせたまごでも喜ぶ人は多いかもしれない。
リモートレイドチケット1枚はどう考えても相場を知らなさすぎる。
父親の知り合いが正月に家に遊びに来て、大学生にお年玉あげるよと言って、ポチ袋の中身を見たら150円しか入ってなかった。そういうレベルである。
コロナ対策はプロセス主義で評価すべき
前回に記事にしたかもしれないが、コロナ(感染症)は、誰がかかっても仕方ない部類の感染症である。どれだけ対策をしていても感染してしまう可能性はあるし、全く気を付けていない人がいても感染するとは限らないのである。
そして、現在、(クラスターをつぶすことによる)封じ込め戦略を取っている(取り切れてはないが)ため、感染者=悪という風潮になってしまっており、差別までもが一部では発生している。
そして、先日の知事会では、兵庫県の知事が自粛要請に応じない店には罰則を与える法改正を政府に提案するというところまでの話になっているそうだ。
ここで、私の感覚と、世間の感覚がずれている気がしている。
確かに、コロナのような飛沫感染というものは、対策さえしておけばある程度防げるものであり、完全には防ぐことができないというものである。
このような病気において、結果主義で感染者を扱うからおかしくなるのである。
どれだけ感染対策していても、感染対策していれば悪である。そして、どうせ対策いくらしても感染してしまうのだから、感染気にせず遊んだ方がいい、経済回した方がいいという発想になる。
そうではなく、コロナ(飛沫感染症)に対しては、プロセス主義にすべきである。
まず、感染が確定した人には、国の特別機関(保健所とは別の公安やサイバー対策の人らでもなんでもいい)がその人がどれだけ対策していたのかを調査。
そして、それを調査できるように、各店舗には、消毒、非接触検温、マスク確認、CO2濃度測定、アクリル板をガイドラインで制定。
人込みでのちゃんとしたマスク、消毒等、完全に感染対策をしたうえで、出かけた理由が不要不急でない場合には、治療費の無償化及び入院、自宅待機の本人意思を優先(入院希望者には優先入院権付与、自宅待機の場合は食べ物党日用品等を十分に支給)
逆にコロナ対策をしていない人がコロナに感染した場合、治療費の有料化、強制的宿泊施設収容(法的拘束力ありでビジネスホテルのようなすばらしい環境ではなくても)、宿泊施設での宿泊費(滞在公務員・看護師等の費用も徴収)
とすればいい。
そして何より、今、何県で何人でたとかばっかり報告しているが、
感染した人の感染源なんてどこでもいいから、
感染した人が、どの程度の感染予防対策をしていたのかをランクで示せばいい。
そうすれば、家庭内感染以外のうち70%以上は感染予防対策低ランクになるはずである。
感染予防対策が一定以上の人同士が、会食するのであれば5人以上であっても認めればいい。
アクリル板ないステーキ屋の会食はそれでもダメだとおもうけど。
今回の記事のプロセス主義、
前回の記事の参加人数によって必要な支払いを最低限とするルール
前々回の記事のコロナ税。
この3種を複合すれば、ものすごく合理的かつ効率的で経済回しながらしっかり救済できるかなり理想な国家ができると思う